かつての日本では、障害を理由に資格や免許を与えない「欠格条項」がありました。
しかし医師法をはじめ、一括して改正する法律が2001年6月22日に国会で可決されたことで、聴覚障害者の可能性が広がりました。
今回は、聴覚障害者の資格と免許の取得で問題となる「相対的欠格」と「絶対的欠格」、聴覚障害を抱える医師の今川さんについて詳しくご紹介いたします。
聴覚障害者と資格・免許、「相対的欠格」と「絶対的欠格」とは

多様性が認められつつある現代ですが、まだまだ障害者に対する法整備が整っていないことが多く、その中でも「障害者にかかわる欠格条項」は、聴覚障害者をはじめとする障害者の資格や免許の取得を制限する法律です。
障害者にかかわる欠格条項では、「目が見えないもの、耳が聞こえないもの、または口がきけない者は、この試験が受けられない、資格・免許を与えない」という内容で、障害を理由に免許や資格の制限や禁止を定めています。
この欠格条項は1999年の政府方針によって見直されて、「相対的欠格」と「絶対的欠格」の2つに分けられることになりました。
条件付きで聴覚障害者の免許・資格の取得が認められるようになった
絶対的欠格とは、「資格を与えない」という内容。相対的欠格とは、「資格を与えないことができる」という内容です。
例えば聴覚障害者の方で、運転免許を取得したい場合であれば、平成20年6月1日から補聴器を装着しても10mの距離で、90dBの警音器の音が聞こえない場合は、ワイドミラーを活用して慎重に運転するという条件付きで、準中型自動車と普通自動車を運転することができます。
また、平成24年4月1日からは、運転席から確認しにくい「死角」をうつすワイドミラーや補助ミラーを装着して、聴覚障害者標識を表示することで、普通貨物や普通自動車運転免許が取得できるようになり、大型二輪なども取得することができるようになりました。
【参照】聴覚に障害がある方が運転できる車両の種類と拡大について|広島県警察
【参照】聴覚障害者が就けない職業があると聞きましたが、どんな職業ですか。|神奈川県聴覚障害者福祉センター
聴覚障害者は医師にはなれない?
ここまでお話ししてきたように、これまで障害を理由に資格や免許の取得が認められなかったケースでは、条件を満たすことで認められるようになりつつあります。
運転免許の他に、大きく変化した資格や免許では「医師免許」が代表的です。
1999年の医師法では、「免許の絶対的欠格事由」として「耳が聞こえない者」などが定められていました。
しかし2001年の法改正で、「次の号のいずれかに該当する者には免許を与えないことがある」として、「心身の障害によって医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの」としています。
2001年の法改正によって、聴覚障害を理由とする絶対的欠格条項から削除され、相対的欠格条項として先ほどお話ししたように定められるようになりました。
障害を抱える方が医師国家試験に合格すると、「障害者等欠格事由評議会」にて審議された後、はじめて医師免許の取得が認められます。
この審議では、以下の3つの医師として働くうえで守らなければならない事項を満たしているかが審議されます。
- 患者にかかわる認知や患者との意思疎通を支援する補助手段を確保し、当該手段を活用した上で診療に従事すること
- 従事する医業の範囲は、障害を補う手段をもちいて適正に行うことのできる範囲に限ること
- 他の医師や看護師等の医療従事者と連携して診療に従事すること
2001年まではこのような事項が定められていなかったので、このように事前に聴覚障害を抱える医師として何を守らなければいけないのかを国が示すことで、聴覚障害者の医師国家試験後の審議がスムーズになると考えられています。
医師法改正後に聴覚障害者の医師となった今川さん

ここまでお話ししてきたように、聴覚障害を抱える方には、取得したい免許や資格によっては「相対的欠格」で定める条件を満たす必要があります。
特に患者の命を左右する医師免許は、医師国家試験に合格しても、厳しい審査を通過しなければ医師免許を取得することができません。
このような現実がある中で、三重県尾鷲(おわせ)市の尾鷲総合病院に勤務する聴覚障害者の医師 今川竜二さん(以下、今川さん)は、さまざまな壁を乗り越えながら地域医療に取り組んでいます。
青天の霹靂だった医師法改正
今川さんは、生まれながらの聴覚障害を抱えており、両耳に補聴器を装着しても、飛行機のエンジン音がようやく音として認識できるレベルだと言います。
今川さんが小学校1年生の時に読んだ「ブラックジャック」で、「難しい病魔にも諦めないで立ち向かう姿がかっこいい」と思い、医師を目指すようになります。
もともと勉強が好きで、高校は今川さんの出身地、岡山県内トップクラスの進学校に進みましたが、今川さんが中学生だった当時は、「耳が聞こえない者には医師免許を与えない」という“壁”がありました。
そのため医師ではなく教師を目指して勉強をしていましたが、今川さんが高校生の頃、医師法改正が新聞をはじめ各メディアで報じられ、今川さんは改めて医師を目指すようになります。
まさに青天の霹靂(へきれき)だった医師法改正で大きく今川さんの運命は変わることになりますが、今川さんが医師になるまでには数多くの“壁”がありました。
まず教師からは、「リスクをおかしてまで医学部を受けない方がいい」と言われ止められましたが、今川さんは粘り強く医学部受験を訴えて、筑波大学に合格しました。
大学卒業後は東京の大学病院で勤務しましたが、聴覚障害を理由に救急や外来での仕事はさせてもらえずに、入院病棟の勤務だけ。
医師や看護師、患者とのコミュニケーションの“壁”は、医師への憧れや意気込みだけでは周りを納得させることができませんでした。
「壁にぶつかっても諦めず、乗り越えていくことが大切」
2017年10月に、今川さんは縁もゆかりもない三重県内の尾鷲総合病院の内科医師として歩き出しました。
壁になっていた医師や看護師、患者とのコミュニケーションは、患者の唇の動きで言葉を理解して、筆談を交えてゆっくりと笑顔で話す。
しかし新型コロナウイルス感染症の流行でマスク着用が求められるようになってからは、音声を文字に変換するスマートフォンアプリを活用して診察にしています。
また病院側も今川さんが働きやすいように工夫しており、例えば医師の指示で救急救命士らが医療行為の一部をする「特定行為」は、今川さんが電話で指示することができないため、代わりに院長らが「特定行為指示要請書」を作成して、今川さんが丸をつけた内容を、看護師が電話で救命士に伝えるようにしています。
医師の今川さんは、今後は「聴覚障害者の健康寿命を伸ばすこと」を目標に、今日も診察にあたっています。
【参照】聴覚障害はねのけ医師に 尾鷲総合病院の今川さん、今月退任 新天地で専門医療資格取得へ 三重伊勢新聞
【参照】よりそい|CBCweb
まとめ

聴覚障害という理由で、資格や免許の取得を認めない法律がかつての日本にはありましたが、多様性が認められるようになりつつある現代では、少しずつ変わってきています。
しかし障害を抱えていることで、資格や免許を取得し、それらを活かした職業に就いた時に、さまざまな“壁”にぶつかります。
聴覚障害者の医師 今川さんは、多くの“壁”にぶつかりながらも、「乗り越えていくことが大切」と考えて、さまざまな対象をしながら医師として今日も診療にあたっています。